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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)2395号 判決 1956年10月31日

控訴人 株式会社有楽工務店

被控訴人 大日本製薬株式会社

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文第一項ないし第三項同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。」との判決及び第一審判決に対し仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の陳述した主張の要旨は、左記の外は、原判決の事実摘示と同一であるから、ここに引用する。被控訴代理人は、後記控訴代理人の主張に対し、控訴人に対する本件敷金返還債権に対して強制執行をなさない旨の特約をなしたことは否認するが、その余の事実は認めると述べた。控訴代理人は、被控訴人は昭和二十九年五月七日訴外和平通商株式会社と同会社に対する金五十四万四千三百五十八円の債権について、同会社は被控訴人に対し、同会社所有の動産及び営業に関する権利を譲渡担保とし、さらに同会社の第三者に対して有する債権を譲渡する等、右債務の弁済方法について契約をなすと共に、被控訴人は控訴人に対する本件敷金返還債権に対しては強制執行をなさない旨特約すると共に、和平通商株式会社に対し、同会社が控訴人に対する右敷金債権を訴外丸文株式会社に対し、その債務の支払に代えて、譲渡することをも承認した。それなのに、被控訴人は右特約に反して右敷金債権に対する差押及び転付命令を得たものであるから、右差押及び転付命令は無効であると述べた。

<証拠省略>

理由

左記の事実は、いずれも当事者間に争がない。

被控訴人が和平通商株式会社に対し昭和二十九年四月現在で一般医薬品類の売掛代金の残代金五十四万四千三百五十八円の債権を有していた。和平通商株式会社は昭和二十七年八月一日控訴人からその所有の建物内の一室を事務所として借受け、敷金五十万円を差入れていたが、昭和二十九年九月末日にその賃貸借契約を合意解約した。右会社は控訴人から敷金の一部の返還を受けたが、なお残額金三十七万円の敷金返還債権を有していた。そこで、被控訴人は和平通商株式会社に対する上記債権の内金三十七万円の債権に基いて、昭和二十九年十月二十七日東京地方裁判所に、右会社の控訴人に対する右敷金返還債権に対し、差押及び転付命令を申請し、同裁判所から同月二十八日その旨の差押及び転付命令が発せられ、右命令は同月三十日控訴人に、同年十一月一日和平通商株式会社にそれぞれ送達された。ところが、右命令の差押債権目録の債権の表示には、和平通商株式会社が控訴人から賃借した日を、「昭和二十七年八月」と記載すべきを、「昭和二十七年七月」と、また、貸借家屋の所在地を「東京都千代田区神田錦町二丁目二番地」と記載すべきを、「東京都中央区錦町二丁目二番地」と誤記されていたので、被控訴人は昭和二十九年十一月七日東京地方裁判所に更正決定の申立をなし、同月八日同裁判所はその旨の更正決定をなし、右決定は同月九日控訴人に、同月十一日和平通商株式会社にそれぞれ送達された。一方和平通商株式会社は昭和二十九年十月二十日丸文株式会社に対し上記敷金返還債権を譲渡し、控訴人は即日右譲渡を承諾し、さらに、同年十一月一日その承諾について確定日付ある証書を作成した。

控訴人は右差押及び転付命令は、少くとも利害関係を有する第三者に対する関係では、更正決定が送達されたときに効力を生ずるのであるから、丸文株式会社に対する関係では、昭和二十九年十一月九日にその効力が生じたのであるから、その以前に譲渡について対抗要件を備えた丸文株式会社は、上記敷金返還債権の譲渡について被控訴人に対抗し得るものであると主張し、被控訴人は、更正決定がなされても、右差押及び転付命令の効力は、右命令が控訴人に送達された昭和二十九年十月三十日に発生するものであるから、被控訴人は上記敷金返還債権の取得について丸文株式会社に対抗会社に対抗し得るものであると主張するから、次に判断する。裁判書に違算、書損その他明白な誤りがあつた場合に、その誤りを訂正して、裁判の内容を明確にするために、更正決定はなされるもので、更正決定によつて新な裁判をなすものではない。従つて、右裁判書に記載された裁判の効力は、更正決定によつて左右されるものではない。上記認定の右債権差押及び転付命令に対する更正決定も、右債権差押及び転付命令の明白な誤りを訂正して、これを明確にしたに止まるものと解するを相当とする。よつて、右債権差押及び転付命令は、第三債務者である控訴人に送達された昭和二十九年十月三十日に確定的にその効力を生じ、更正決定の控訴人に送達された同年十一月九日に効力が生じたものではない。よつて、右債権差押及び転付命令の効力が同年十一月九日に生じたことを前提とする控訴人の主張は理由がない。

各その成立について争のない甲第一号証、乙第二号証、及び原審と当審での証人境勝、当審証人富山武松の各証言並びに被控訴会社の代表者本人尋問の結果によれば、和平通商株式会社は昭和二十九年四月当時、被控訴人に対し合計金五十四万四千三百五十八円の債務を負担していた(この事実は当事者間に争がない)が、右会社はその外、丸文株式会社に対し約金二百二十万円、その他の者にも債務を負担をしていて、整理する外方法がないというところまで行きづまり、先ず被控訴人と丸文株式会社に対する債務を返済することとして、被控訴人にはその所有の動産を譲渡担保とし、さらにその有する債権(本件敷金返還債権以外の債権)を譲渡してその債務を弁済することとし(右債務支払の方法については当事者間に争がない)丸文株式会社に対しては、上記控訴人に対して有する金三十七万円の本件敷金返還債権を譲渡して、その債権の一部を弁済することとし、被控訴人の代理人佐藤昭雄は右の事実を承認して、和平通商株式会社と右の趣旨の弁済に関する契約をなしたことを認めることができる。当審証人佐藤昭雄の証言中右認定に反する部分は信用ができないし、外に右認定を動かすことのできるなんの証拠もない。そうであるから、被控訴人は、特別の事情についてなにも主張立証していないから、和平通商株式会社及び控訴人に対し上記金三十七万円の敷金返還債権に対しては強制執行をなさない旨特約したと解するを相当とする。

被控訴人の得た上段認定の金三十七万円の敷金返還債権に対する債権差押及び転付命令は、右強制執行をなさない旨の特約に反してなされたものであるから、当然無効なものといわなければならない。

よつて、右債権差押及び転付命令が有効なことを前提とする被控訴人の本訴請求は、その余の争点を判断するまでもなく失当であり、これを認容した原判決を、民事訴訟法第三八六条によつて取消した上、被控訴人の請求を棄却し全部の訴訟費用の負担について同法第九六条、第八九条を適用して、主文のように判決する。

(裁判官 柳川昌勝 村松俊夫 中村匡三)

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